まだまだ朝夕は冬の寒さですが、昼間は随分と過ごしやすくなりましたね。
日ごとに春が近づいてくるのが感じられ、どことなく気持ちも明るくなるようですよね。
真冬の空っ風の中、外に出るのはためらわれますが、気温も上がり、日差しが色を濃くし始めると、お庭仕事や家庭菜園も楽しくなりますね。
では、本日も「農業講座」始まります。
講師は農業の達人、豊嶋和人さんです。
【水に稲と書いて水稲(すいとう)という話】
久しぶりに満濃池をながめに行きました。冬ということもあって水が少ないですね。護摩壇岩まですっかり地続きになって、島という感じがしません。今はかんがい用水の需要期ではないのでこういう景色も余裕を持ってながめることができるのですが、ここ2年ほど比較的雨が少なかったこともあり、需要期にも島と堰堤が地続きになることがしばしばありました。そんな風景を見ると心がざわつきます。わたしは需要期の地続きを小豆島の観光名所にちなんで密かに「地獄のエンジェルロード」と呼んでいますが、もう少しマシな呼び方があったら教えてください。
かんがい用水の需要期は言うまでもなく水田に水が張られている時期、特に6月から9月です。この時期に水がないと困ります。大正生まれのわたしの祖父に聞いた話ですが、旱魃にみまわれて田んぼに入れる水がこないとき、学校から帰ったらやかんに水をくんで稲の一株一株に水を少しずつかけていくのが子どもの頃の仕事だったそうです。想像するだにおそろしい、地獄のようです。
かつてはそんな時代もありましたが、その後の満濃池の嵩上げや香川用水からのかんがい用水の供給開始もあって、孫のわたしがやかんで稲に水をやることはなくなりました。ほんとうにありがたいですね。
さて、小麦、とうもろこし、稲の世界三大穀物の中で、稲は比較的たくさんの水を必要とします。雨量の多いアジアで主に栽培されるのはそのためです。しかし旱魃となれば収量は激減しますから小麦などの水をあまり必要としない作物のほうが有利にも思えます。実際このあたりでも、阿讃山脈の傾斜地では水を溜められないですからもちとうもろこしの栽培が盛んでしたし、うどんの原料となる小麦は丸亀平野で水稲の裏作として昔からよく作られていました。
それでも水稲が主食として作られたのはなぜでしょうか。水をたくさん必要とする水稲の優位点、それは水そのものにありました。田んぼに水を導き、溜め、流すことで、連作障害を回避して毎年稲を作ることができるのです。
その話をする前に、よく耳にする連作障害とはなんぞやっていう話をちょっとだけ。連作障害とは読んで字の如く、連作による障害です。だから連作はよくないですねとなるのですが、連作障害といってもその原因は様々です。その原因さえ特定して取り除いてあげれば連作しても問題なくなりますね。原因は大きく分けて3つあります。
ではそれぞれの原因について稲の場合を見てみましょう。病害虫のうち稲の害虫については以前にお話しましたが(注1)、これは田んぼの外から飛んでくるので仕方ありません。病害は主に糸状菌(カビ)が原因となりますが、糸状菌は酸素を必要とする好気性のものが多く、湛水によって密度が減少するため、稲が病気にかかりにくくなります。余談ですが糸状菌はpHの低い酸性土壌を好みます。ついこの間、何十年、ひょっとしたら何百年も水稲だけを作付けしていた田んぼのpHを測ってみたところ、だいたい4.2でした。相当な酸性土壌ですが、湛水のおかげで糸状菌が蔓延することはなさそうです。
(注1)第8回 ブログ版 農業講座 参照
稲もじつは根から植物の生育を阻害する物質(アレロパシー物質)を出しています。他の植物との競争に勝つためです。が、そういった物質がたまってくると、自家中毒を起こすことがあります。アスパラガスが典型ですが、耕作放棄地に生えるセイタカアワダチソウにもそういった現象が見られます。稲の場合は水に流してもらえるので連作しても自家中毒にはなりません。
かんがい用水には様々な養分が溶け込んでいます。その量は微量でも、栽培期間中たくさんの水が供給されると結構な量になります。特に、稲にとって重要なケイ酸はかんがい用水から数kg〜数十kgも田んぼに入ります。以前、稲わらや籾殻を戻すだけでずっと無肥料でお米を作っている田んぼを見せてもらったことがあります。谷あいにあって両側の山から養分をたくさん含んだ水がたくさん入ってくる田んぼです。なるほど、と思いました。
ブログ版郷土史講座で連載されている満濃池の歴史をわたしも楽しく読んでいます。度重なる決壊にも負けず池を守ってくれた先人たちの苦労の上にわたしたちの郷土があるんですね。今年もそろそろ米づくりの準備がはじまります。
図書館にも稲や米づくりの本はたくさんありますが、わたしが特におすすめしたいのは以下の2冊です。
『よくわかるイネの生理と栽培』 農山漁村文化協会編 (6162 ノ)
稲という作物の特性から導き出された先人の栽培法のエッセンスがコンパクトにまとめられています。この本に限らないのですが稲の栽培技術については、この技術は自分の田んぼの風土にも当てはまるかな?と考えながら読むのが大事です。稲は沖縄から北海道まで日本中で栽培されています。例えば東北の5月の田植えとこちらの6月の田植えでは地温水温が全然違いますよね。となると成長速度や肥料の効き方も別物です。おのずと栽培の考え方も変わってきます。気候風土に向きあいながら理屈っぽくというのがポイントでしょうか。
『イネの高温障害と対策(登熟不良の仕組みと防ぎ方)』 森田敏著 (6162 モ)
その気候風土も温暖化の波に見舞われています。稲の場合、8月から9月にかけての暑さでうまく熟れずに米粒が白くなってしまう生理障害が近年頻発していますね。悪条件でもちゃんと稲に光合成してもらう様々な工夫のロジカルな説明がまるで謎解きのようで引き込まれます。そういえば満濃池のゆるぬきは10年ほど前までは6月13日でした。それが田植えを遅らせて登熟期の高温障害を少しでも回避するために今の6月15日になったのでしたね。
次回は湛水しない畑の話。旱魃に強い「植物」が旱魃に強い「野菜」とは限らないというテーマを取り上げようと思っています。
「水」は、人間だけでなく、すべての生命にとって必要不可欠なもの。
そして農業と水は、切っても切れない関係ですね。
豊嶋さん、ありがとうございました。